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司会: 高橋事務局長 |
その1)自然を重んじる岩手短角和牛
高橋)
今日のトークショーは『銀座で地方の食材を』というテーマで設定しました。
お二人のシェフは銀座でお店を経営していらして、食材を地方から取り寄せて使っておられます。本日は、その関係する生産者の方にも来ていただいています。
まず坂田さん、生産者の方との関係を含めて紹介していただけますか。
坂田)
私は岩手の文化大使をやっている関係で、短角和牛を食べる機会があったのですが、非常に美味しく、ぜひとも取り扱いたいということでご紹介いただいたのが、こちらの漆原さんです。そして漆原さんの飼育した牛を一手に買い上げて販売され、流通していらっしゃるのがこちらの槻木さんです。槻木さんは自社で短角和牛専門の焼肉店もやっていらっしゃいます。
高橋)
それでは漆原さん、簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。普段のお仕事を含めてご紹介していただければと思います。
漆原)
牛を飼っております漆原です、よろしくお願いいたします。岩手と言いましても広くて、うちは北の方にあります。青森県、秋田県、三つの県にまたがった山の麓で飼っています。短角という品種は聞いたことがあるかもしれません。昔は大変たくさんいたのですが、今はサシ※1の入る黒毛和牛が多くなり、大変貴重になってしまいました。短角牛は黒毛と違ってサシがほとんど入らない赤身の肉です。最近その赤身肉が美味しいと評判になり人気が上がって、注目されるようになりました。これまではサシが入らないと懸念されていたのですが、健康志向が増えたことにより、私たちも頑張ってつくっている状況です。
高橋)
それでは槻木さん、短角牛の流通のお話を含めてご紹介いただけますでしょうか。
槻木)
会社は昭和52年に設立しました。仕事内容は食肉の卸で、レストランやホテルへ短角牛を提供しています。短角牛と出会い、創業したときから牛は短角だと決めていました。なぜなら短角はいっぱいいましたし、地元の人にも、ただの牛肉としか認識されておらず、黒毛も短角も同じ牛肉というニュアンスでした。一時期は数が減っていましたが、10年ぐらい前にある雑誌が短角牛を取り上げてくれたおかげで、一般にも認識されるようになり、日の目を見るようになりました。
漆原)
折角ですから短角の特性を消費者の方に理解をしていただければと思います。普通の牛の場合、生ませるために人工授精をしています。しかし短角牛は違います。母牛を5月の初めに山の放牧地に連れて行きます。そこでは1頭の種牛に30頭の母牛がつき、ハーレムを構成します。普通の牛は5月に放牧させると一気に妊娠してしまうので、出産も一斉にします。3、4月に一斉に分娩をするわけです。そして今度は母牛と一緒に子牛が山に上がり、という繰り返しなのですが、その子牛が10月の秋に我々の牧場の牛舎に入ってきます。
出荷するのは、だいたい生後20ヶ月からです。一斉に生まれたものを1年間かけて出荷していきますので、早いものは(生後)20ヶ月ぐらいで出荷され、遅いものは(生後)30ヶ月ぐらいで出荷されます。したがって、肉質が一定しないという問題があり、これは今まで短角の人気がなかった理由の一つです。
例えば坂田シェフに今月提供したステーキが美味しかったとしても、2ヶ月後食べたら違うということもあります。それは飼育時間の違いで、通年出荷するにはどうにもしようがなく、消費者の皆さまには、そこを理解してもらわないといけません。
高橋)
漆原さん曰く24ヶ月ぐらいが一番美味しいそうです。漆原さんの所には150頭ぐらい飼っていて、種付けが一時期に集中しています。飼育するのに2年間。それを半分ずつ出していくわけですが、80頭一年かけて出して、順繰り常に150頭いるわけです。出荷する時に、その80頭を12ヶ月で割り、一ヶ月に7〜8頭当たりを出すのですが、その年最後の1年生と最初の月に出した肉とは成熟状況が違うため、味も違ってきます。そういうばらつきがあるのでなかなか難しいわけです。
そういう状況ですので、逆に料理人の腕の見せ所もそこに出てくると思います。一番美味しいときは焼いただけでも美味しいですが、その前後でも美味しく調理するのがまさに料理となるので、料理人の腕の発揮のしどころが大きいのではないかと思うのですが。
坂田)
まさにその通りです。一応相談させていただいて、もちろん試食もするのですが、それによって料理方法を変えたり、カットする肉の厚みによっても変わってくるんです。特に若い牛は脂肪構成が極端に少なくなってきますので、その場合ですと若干固いんですね。ですので、それをどう補うかというのはこちらの腕の見せ所になります。
高橋)
そういう料理法も生産者の方にフィードバックすると、また売る時に役に立ちますね。
槻木)
はい、漆原さんとは月に一度か二度は話をするようにしています。'今回は飼育を早める'だとか'エサの量を変える'など、色々工夫しています。というのは、今回のものはダメだった。そして次もダメだった・・・そうなるとみんなダメなんですよ。次は花丸でないといけないんです。二度と繰り返さないよう気をつけています。
※1サシ:牛肉で赤身の肉の間に白い脂肪が網の目のように入っている状態。霜降りになっているようす。
次号へつづく
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その2)関あじ・関さばのブランドの源泉
高橋)
本日、梅原さんには大分・佐賀関産の'関あじ'のお料理をご提供いただきました。その関あじの漁師の方にお越しいただいております。梅原さん、須川さんをご紹介いただけますでしょうか。
梅原)
銀座で大分県のアンテナショップをやっております'坐来 大分'の梅原と申します。大分の食材を首都圏の方々に楽しんでいただくというアンテナショップをやっております。今日ご紹介するのは'関あじ・関さば'、皆さんお聞きになったことがあると思いますが、実際釣られている方を目にするのはなかなかないと思います。私も漁協の方とはやり取りするのですが、漁師の本音の所、後継者の問題などを知っていただきたいと思います。須川さんでございます。
須川)
ご紹介していただきました、須川と申します。私はもともと漁師ではなく、サラリーマンをやっていました。父親が漁師をしていた関係で、畑違いの漁師に戻ったのは、地元の魚と収入が魅力的だったからです。もう、早14年漁師をやらせていただいています。すでに関あじ・関さばというブランド漁が確立されていて、非常に高級魚だと言われております。私はどこが高級魚なのか分からなかったのですが、改めて東京に出てきてブランドを実感しました。
高橋)
先ほど梅原さんに調理していただいた関あじは、今朝大分から送ってお昼に届いたのですが、ちゃんとした流通の手順を作らないと新鮮なものを食べられません。今回のような輸送の仕組みを作る際のご苦労はどのようなところにありましたか。
梅原)
以前は、航空便でも魚が店に届くまで一晩かかってしまっていました。その頃は夕方の4時絞めでやってくれだとか、いろいろやっていたのですが、それでも一晩経つというのは致命的でした。昨年から、かなりお金もかけて港が変わりました。関あじ・関さばは昔から面(つら)買いですね。魚は人間の手が触れただけでもその熱で質が落ちます。ですから、買うときも触らないように面買いといって、見た目だけで計り、計算をします。それを生け簀に移すんですけど、アドレナリンがたくさんでているので一晩魚を寝かさなければいけません。
しかし、昔の港は生け簀が少し遠かったんです。そして、最後絞めるときは作業効率の問題で(網で一度に複数の魚を)ガサっと取る習慣がありました。漁師の方は大量に捕っている。僕は一匹で買っている。お客様は一皿で食べる。僕から見れば、魚をガサッと上げることは本当にそれでいいのか、一皿で出すお客様に対して本当にそれでいいのかなと思っていたところでした。
今回は港と生け簀が近くなりましたので、少しずつ上げて目の前で絞めて、すぐに氷水に入れ一気に5℃まで下げる。それから海水のシャーベット状の氷で保存状態を良くし、一直線でトラックに乗せる。ここまで魚の質に気を遣った徹底した流通というのは、世界規模で見ても、日本が誇れるものだと思います。この辺は一本釣りされる漁師の方、それからそれを運ぶ流通の方の力だと思います。
高橋)
須川さん、そういう話を伺って、生産者としてどういうお気持ちでしょう。特に須川さんの場合はUターンというか、二代目という形であえて生産者を継いだということも含めて、今後の第一次産業を考える上でも重要なことではないかと思います。生産者として今のお話をどのように感じられたのか聞かせてください。
須川)
先ほど申し上げたように、ブランド漁、佐賀関の関あじ・関さばをはじめ、自分の港の魚が一番美味しいんだという風に漁師は全員思っていますので、その方たちが'じゃあうちのもブランドにしよう'と良い品物をどんどん東京に出していきます。そこで佐賀関の関あじ・関さばブランドが、東京タワーと同じで、周りに高層ビルが建ち並んでくると低くなってしまいました。スカイツリーみたいに高くならないといけない思い、空輸での即日便と、重さを機械で量っていただく技術等で、魚に手が触れる時間を極力少なくし、鮮度落ちしないよう心がけています。それによって、他に負けない品物を提供し、新たなブランド力になると確信して取り組んでいます。
高橋)
お魚の方も関あじ・関さばということでブランド化されてきたわけですけど、今後一段とまたグレードアップして、生産者サイド、また梅原さんのような消費者サイドの意見を出していって、生産者と一緒になってブランド力アップを図る必要が出てくるのではないかと思います。今後のことについてなにかお考えなどありますか。
須川)
ブランドといいますけど、やはり消費者の方が付けてくださるのがブランドだと思います。我々生産者が名前をつけたって、消費者が認めてくださらなければブランドではないんです。そこをしっかりもって、良いものを届け続けることで皆さんから評価されブランドが確立できたのだと思いますので、これを崩さないように努力して続けていきたいと思います。
次号へつづく
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朝絞めの関あじ(奥)と'関あじのりゅうきゅう'
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その3)ブランドを維持するために
高橋)
お魚もお肉も、ブランドを持ったものを銀座で提供するといった場合、一番大きな問題は生産地と、銀座のお店の流通プロセスを、どのように協力して作っていくのかだと思います。生産者と料理人が協働するという意味合いの料理マスターズの観点から見ると、まさにその間に入る流通にどう協力してもらうのかが問題になると思います。そういった流通のシステム作りの問題をどう克服してきたのかについて、坂田さんお願いします。
坂田)
私の場合は魚と違いまして、牛肉は熟成期間などもあります。また、短角牛は絶対頭数が少ないということがあります。それと牛肉の場合、個体差がありますので、漆原さん、槻木さんと電話で相談して入荷状況を教えていただき、それに合わせて仕入れたりしています。
高橋)
そうすると槻木さんの役割が大きいと感じるのですが。
槻木)
だいたい短角牛は市場に出ないんです。実際、漆原さんと協力して仕事をしているという感じです。市場に出るものは気軽に買えますが、短角牛は市場に出ないので、シェフには'屠畜はいつで、熟成は大体2週間かかる'などという情報を伝えています。屠畜してすぐの肉はまだ固いです。やっぱり最低でも10日以上熟成しないと美味しくないので、ある程度時間がかかります。ですので、常時連絡などの工夫は必要です。
高橋)
生産者の方たちとの関係はどのように作られるのですか。
槻木)
年間の屠畜数を決めています。
高橋)
関あじにしても岩手の短角牛にしても、ブランドはできているわけですが、他のブランドも出てきているために、最初は高かったけど周りにビルが出来て目立たなくなってきた。さらに自分のビルを高くするという意味で、生産者の努力というのは非常に重要だと思います。漆原さん、関あじの話を聞いていて、ブランド力を高めるということで、肉質の安定感ですとか、消費者からのフィードバックの活かし方もあろうかと思うのですが、そういうものに対して、どのように対応していこうとお考えになられているのでしょうか。
漆原)
そうですね、先ほど槻木さんもおっしゃった通り、月に一度意見交換といいますか、様々な打ち合わせは行っているのですが、早期、中期、後期と出す牛の出荷グループごとにエサの与えかたを変えることによって、肉質の向上を図れるのかなと思います。これまでは常に同じエサのやり方だったのですが、グループ分けすることにより、お客様に評価してもらえるような品質のものができるようになってきました。
もう一つはお米、餌米や飼料米といいますが、それを牛に食べさせています。その中で、他の飼料と混ぜる割合なども研究して行きたいと思います。県に畜産研究所などがありますので、一緒になってやってみたいと考えております。
槻木)
補足になるのですが、売る側とすると3、4年前から苦情が無くなりました。ということは、平均的に同じような味が出ているのではないかなと思っています。10年ぐらい前だと、12月の牛は良くないだとか苦情あったのですが、ここ3、4年前からはそれが無くなったので、餌をグループ分けすることは良かったのかなと。良い方向に行っていると思います。
高橋)
家畜の場合、実験といっても時間がかかり、一回りするのに1年かからないと結果が分からないですね。確かに他の地域で畜産されている方に聞いても、どのような餌を与えれば自分が思うような肉が出来るのか、特に料理マスターズとお付き合いのある生産者の方々は積極的にいろいろな実験に取り組んでいらっしゃいます。そういう意味では生産者同士のネットワークというのも作っていければ良いなと思っていまして、このような餌を与えてみればどうだろうかと地域特有の飼料を与えることで、他が真似できないような地域特産のブランド食材を作ることができると思います。
向上心のある生産者の方というのは、'前向きに実験していこう''取り組んでいこう'という姿が鮮明に見られるので、お伺いしていて非常に楽しいです。
次号につづく
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'漆原さんの岩手短角和牛のステーキ
前高田佐藤さんの椎茸 遠野菊池さんの山葵添え'
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その4)銀座で店を営むことの苦楽
高橋)
最後に、銀座で飲食店を営む、また、銀座で地方の食材を使った料理を提供する難しさについてお話ください。
梅原)
私の場合、銀座でお店をやる時に、大分県のアンテナショップだからといってお客様が来るわけではないという前提があります。皆さん飲食店を作る際に考えると思うのですが、大分県はやっぱり関あじ・関さばのブランドだろう、ということでお店を始めました。8割が接待のお客様なのですが、最高の接待は大分県に連れて行くことなのですね。大切な方々は直接、大分に連れて行ってゴルフ、温泉、食を楽しみ、おもてなしをします。その時に、以前の流通では'大分で食べた時よりも美味しくないね'と言われることが非常に多かったです。ばらつきがあったってことですよね。先ほどお話した、朝絞めたものが夕方届くという流通が確立し'あっ、大分で食べるよりも美味しいかも'と言ってもらえることが、(大分ではなく)銀座で店をやっていることの意味だと思っています。これが、初めて商売として成り立ってきたというのがここ最近の感想ですね。
先ほどお肉のばらつきを直したいけれどもなかなか直せない、それを料理人がカバーするというお話がありました。それは我々も同じですね。実際、朝締めだとどうしても午後2時、3時に銀座の店に着きます。ということは、仕込めないので、料理人はちょっと嫌がります。夕方に食べられるようにするにはギリギリにおろしたほうがいいけれども、その時に違う仕込みはしないような作業工程を組まなくてはいけない。これだけこだわっている生産者や流通の方をありがたく思うと、お客様のためにやっぱりギリギリにおろしてギリギリに仕込んだ方が美味しいわけです。そうしないと本当に美味しい物は出ていかない。料理人だけではなく、生産者の方々と協働していかないと、これは実現できないと銀座でやっていて感じます。
高橋)
銀座で商売をされることの難しさがよく分かりますね。「坐来 大分」はアンテナショップといいましても、大分の食器などいろいろなものが置いてあって、非常にきれいなレストランなのですが、おっしゃるように「坐来 大分」で食べるよりも大分で食べた方が美味しかったという声が出てくる可能性はありますね。でも、それを超えなくてはいけないですね。
梅原)
そうですね、やはりほんの少し超えないと。現地に行くというのは、旅をするという付加価値もついていますし、その中で召し上がると本当に美味しいと思うんですね。銀座ではやはりビジネスですので、半分接待だったりだと思うんですけど、それでも口の肥えた方もいらっしゃいますので、現地をほんの少し超える何か、ストーリーだったりもしくは生産者の想いだったり。私たちは'語り部'と言いますけれども、料理人もセールスマンも一緒の語り部で、地方の想いを消費者の方々に伝えて初めて、共感から感動へと繋がるのではないかと思います。
高橋)
坂田さんは銀座でお店をやっていてどうですか。
坂田)
そうですね、やはりお客様がかなり厳しいですね。あと、どういう短角牛が美味しいのか、どういう方が育てているのかを楽しく伝えて理解していただき、喜んでもらう。これにつきますね。それによって、幸いな事に最近赤牛がブームになっていまして、メニューに載せると黒毛より先に選ばれるお客様が多くなってきましたので、こちらとしても説明のし甲斐があります。消費者の方に短角牛について伝えて理解していただき、それをまた槻木さんたちにフィードバックする。そういうことをやっていけばいいかなと思います。
高橋)
生産者さんの努力とそれを取り巻く料理人の方、流通の方、色々な工夫を発揮して、美味しく食べられる仕組みが出来上がってきているのですが、それでもまだ発展の余地は多々あります。そういう取り組みの中で、今聞いていただいたように生産者の方々が更なる質の向上ということを追い求めておられます。我々食べ手のサイドからも生産者の方にフィードバックできるような仕組みを作りたいですね。
良いものを作っている生産者の方もご自分で良いものを作っていると思われているんです。しかし食べ手の方から良いものという評価をもらえないと売れません。どういうものが美味しいのか、どういうものが欲しいのかということを生産者の方に伝えていくフィードバックのループが必要かと思っています。その中でプロの料理人の目と舌というのは大事であり、また我々は、その料理人の方たちとお店で接してご飯を食べることになります。ですので、料理人に対しても食べ手の素直な感想をなるべく伝えていけるようになってくると、ある程度食べ手の責任というのも果たせるのではないかと思います。
料理マスターズの方々は恐い顔をしている方もいるのですが、優しい方が大半ですので、こういうお店に行かれたら是非素直な感想を伝えていただいて、それがまた料理人を通じて生産者の方にフィードバックされていく。それを繰り返す事でお互いに美味しく、満足でき、経済的に成り立ち、日本の第一産業が元気になっていけるのではないかと考えております。今後とも皆様には'食べて協力'というのはもちろんあるのですが、ご自分の意見を料理人の方にうまく伝えるということもしていただけると、生産者の方にも良いのかなと思います。そんなお願いをしながら今日のトークを終わりたいと思います。
シリーズVをもって今回のトークショーの連載は終了します。