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その1)自然体の料理
高橋)
山において、「冬の熊・夏の鮎」を一つの大きなコンセプトにして料理を作っておられる伊藤さんから、普段の料理作りにかける想いを話していただきたいのですが。
伊藤)
うちの料理は'山(やま)の辺(べ)料理'っていうんですけれども、山の辺りでとれるもという意味なんです。昨今のこういう時代ですから、外国のものでも、新鮮な海のものでも、私たちがいる山の中でも手に入るんですけれど、それでは料理が面白くないですよね。
やはり、まず近辺の物を使う、人間の足で歩いて、周りでとれるものを使った料理というのが基本的なコンセプトです。それで、熊とか鮎とか、そういうものが中心になっているんです。
高橋)
川島さんもやはり足で行ける近場のものを食材として重視されていますね。
川島)
そうですね。まず、奈良産だから使うっていうことではないですけど、そこにその素材があるから使うという感覚で取り入れています。
料理を提供すること自体がとても大事なことですけど、その料理を構成する素材に、どんな人間のどんな生き様や想いが詰め込まれているのかということが、最終的な出口として僕らの料理になると思うんですね。そこを意識すると、色んなことを考えながら生産に取り組んでいる姿を知っている身近の人たちが作るものに自然と手が伸びるのかなあと思います。
私の店がある奈良を見ながら料理のストーリーを構成する時、そこに北海道のものはどうなのかと。自分の中でどうしても違和感が出てくるので、極々自然に奈良のものに手が伸びているという想いです。
高橋)
川島さんのお店の名前の「アコルドゥ」は'記憶'という意味ですが、奈良といえば、まさに悠久の歴史をお皿の上に映しだしながら食材を活かす場として、非常に有利な場所という感じですね。
そういえば、将来はもっと食材の近くに行きたいんだという夢をお話されてましたけど。
川島)
はい。「なぜ、ここで作るのか」っていう理由づけができなくなる時があるんですよね。私は今、記憶をベースにして、それをビジュアル化して料理に落とし込んでいます。例えば、アコルドゥの料理のコースメニューは'クロロフィリア'という名前ですけど、これは葉緑素という意味でして、その緑の色を考えていくと、最終的にイメージが海に行きつくことがあるんですね。すると、なぜ奈良で海なのかという話になるんです。
細かいことをより突き詰めて考えていくと、より自然の中で、すぐ近くにその素材が自然に生っていたような世界、食べ手も違和感なく「あぁそこにあるから、この皿にのってるんだ」というイメージで食べてもらいたいなと。
もう一つは、生産者の近くで、色んなことを感じ取りながらやりたいという想いがあるので、次のレストランをする時には、より自然に寄り添ってやりたいと思っています。
伊藤)
今の川島さんの話と一緒で、うちの料理というのは、うちの、この場所でしかできないんですよね。だから、ほんとの自然体の料理でして、毎月の献立って替わらないんです。献立は季節と共に自然と替わっていくっていうんでしょうか。今は4月の料理、5月1日からは5月の料理ですというような、そんな替わり方はしないんですね。
春になって新芽が吹き出したら新芽が入ってきて、そして、夏になったら鮎が入ってきて。山が色づき始めたら、色づいたものが少しずつ、初秋の紅と、晩秋の紅は違っていく。そんな風に自然にあわせて料理を替えていってます。
高橋)
それは素晴らしいですね。これからも是非、生産者の方と一緒になって、そこでなければ食べられない料理を作っていっていただきたいと思います。
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その2)熊を、獲る
高橋)
昨年、比良山荘に泊めていただいて、熊獲り名人・松原さんのお話を聞きに行きましたが、その熊獲りの話が非常に印象深く残りまして、東京に戻ってから色んな方にその話をしています。山の文化の一つの象徴かと思うのですが、熊の獲り方をお聞かせください。
松原)
まず熊獲りの話の前に、美味しい熊肉ができる条件をお話しますと、山にどんぐりの実が豊作っていうことが一番です。山の獣にとっては、タンパク質としてはどんぐりが最高ですので、それをたくさん食べることが、美味しい肉を仕上げる原点です。熊でも、鹿も、猪も一緒ですけど、毛並みを見ると、ええ味するかわかります。
次に、熊の獲り方ですが、熊を見つけるのは、アイヌの血が入った私の猟犬たちがやってくれます。山へ入って犬を放し、私がお昼を食べて居眠ってると、犬がどっか遠いとこでワンワン鳴きますので、それを頼っていきますと、熊はもう木に登ってます。熊は鋭い爪や、歯を持ってますが、犬と格闘するとすぐ、木の一番枝という最初の枝まで上がるんですね。そして、木に抱きついて下の犬たちを見るわけです。
熊は人間と目が合いますと、バーっと飛んで逃げますので、私は熊がどっち向いとるかを見定めながら、熊の後ろから行きます。そして射程距離20m以内に入りますと、頭を撃つ技術を持ってますので、その距離までいったら、首から上をパーンって一発でね。頭を抜くか、耳を抜くか、その辺りを狙って撃ちます。
高橋)
首から上じゃなきゃいけないというのは、どういった理由からでしょうか。
松原)
熊を撃つのは相当慎重に撃たんと、弾が斜交いに入ったりすると、肉がものすごく傷みます。例えば、熊の胃は最高の漢方薬ですので、それがだめになると値打ちが半分に落ちるわけです。
伊藤)
手品みたいな話ですけれど、耳から耳を撃ち抜くのが理想や言わはるんですよ。斜めに入って肩なんかに貫通しますと、火薬がついて身が傷むんですね。美味しいところがだめになっちゃうんです。
頭を狙うのは鹿を撃つ場合でも同じですよね。
松葉)
そうですね。やはり猟師の方々に、適切な撃ち方で獲った後、適切な血抜きの処理をしていただかないと、魚と一緒で品質が落ちてしまいます。そうなると'鹿肉=不味い'というイメージになりますので、そこは気をつけているところです。
高橋)
そうやって獲られた熊の肉を調理される時のポイントって、どんなところにあるんでしょうか。
伊藤)
熊の肉を調理するポイントと言うか・・・ 松原さん、熊の肉の味は別格ですよね。
松原)
はい。世界で肉の美味しいのは何やいうたら、熊肉です。
伊藤)
獣の臭いがするとか、硬いとか、悪いイメージを持ってらっしゃる方多いんですけど、あれほど綺麗なお肉はないですね。それにあっさりしてて上品で。
ただ、それがなかなか獲れないんですよ。私の感覚としては、猪が百頭獲れる中に熊が1頭、鹿が千頭獲れる中に熊が1頭、これぐらいの確率なんですよ。
高橋)
いやあ、百戦錬磨の熊撃ち名人が「熊が一番旨い」っていうくらいのものですから、味わってみたいですね。
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その3)「
高橋)
食べ物にとって'旬'は非常に重要な要素だと思いますが、今回のトークショーの1日目、2日目と、色々お話を伺ってきて、肉にも旬があるという話がでています。鹿の場合はどうでしょうか。
松葉)
そうですね、鹿は今頃から梅雨にかけて、雨がたくさん降って下草がたっぷり生えてきた後ですね。良い草をたくさん食べて、夏から秋口にかけてしっかり脂肪を蓄えた鹿が一番美味しいんですよ。夏鹿が旬ですね。
高橋)
夏鹿ですか。夏に旬があるって意外な気がしますけれど。
伊藤)
20年前ですと、鹿は貴重な獲物でしたので、冬場の3ヶ月間ぐらいしか猟ができなかったんです。それが今、増えすぎて害獣駆除という形で1年中獲ってるんです。
松葉)
だから20年前は、一番美味しい時期の鹿は食べられなかったわけです。
冬の猟期の鹿は、獣臭さが全面に出てしまうんですけど、夏の鹿は全く逆で、脂がのって瑞々しくて、すごく美味しいですね。夏鹿をばらして精肉にしてみると、牛肉のように白いサシがはっきりと入っているわけではないんですけれど、食べてみると舌に脂がしっかりのってきます。
高橋)
そうなんですね。冬が美味しい時期なのかと思っていたんですけど、違うんですね。それは今日の発見です、いいこと聞きました、夏鹿ですね。
熊の場合は冬眠の前が美味しいっていうことになりますか。
松原)
はい、そうです。山のどんぐりが豊作の年はやっぱり肉質も違います。
鹿の話にもどりますと鹿の場合は草食ですので、草がどんどん成長していく時期が旬ですね。それから9月から10月いっぱい位までの交尾に備えて夏に栄養を取ります。その時期の鹿は肉質もええし、美味しいです。
あんまり食べ物がない、雪が降る、そういう猟期の鹿は、どうしても臭みが出てきます。その時期の肉を食べた人たちの、鹿肉は臭い、硬いという感想が一般の常識みたいになってますので、それを取り返すために、夏の鹿をできるだけ獲るようにしております。
松葉)
日本では、野生の食肉文化がまだヨーロッパほど浸透していませんが、天然の魚が養殖ものより高価であるように、野生の食肉も適切に処理して適切に料理すれば美味しい、と評価されるようになっていってほしいですよね。
現状では、鹿肉って食べられるの?というレベルの方がまだ多いので、適切に処理して、もっと皆さんに流通して、美味しく食べてもらうということを続けていきたいと思います。
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その4)「いただきます」の精神
高橋)
伊藤さんには先ほど「山鹿のロースト煮」を作っていただきましたので、鹿猟についてもうかがおうと思います。以前は、鹿は冬しか猟が認められなかったけれども、最近は1年中獲れるそうですね。
伊藤)
はい、そうなんです。最近、鹿は全国的にすごく増えていまして、害獣駆除という形で1年中獲ってるんです。ですから天然の鹿肉は豊富にあるわけです。けれどもその殆どが食肉にならずに焼却されるのが現状です。害獣駆除ですと、単に殺せば一頭に対していくらという補助金が出ます。先ほど松原さんが熊についてお話しされていましたが、弾が首から上にあたらないと食肉にはならないのは鹿も同じなんです。ですが、頭よりも大きい胴体の方をを狙えば、当然獲れる確率が高くなるので、猟師の方が敢えて頭を狙わない傾向が高くなっています。
松原)
鹿が激増したから邪魔になるさかい、駆除すると…。私は、これは人間のエゴやと思います。私は自然の世界にいる動物を、獲物として感謝しながら獲っていますし、決して無駄にはしておりません。頭から尻尾まで人間の口に入って、'美味しい'って言ってもらって初めて、その命が成仏できると思ってます。
猟師というのは生きたものを殺しますので、世間の人からは'むごいことする'とか'仏法上は殺生になる'とか言われますけど、私は、害になるものの命はいただきますが無駄にはできんと思うてます。その命を大事に、大事にという信念で獲っております。
伊藤)
この松原さんの想いが、行政を動かして鹿肉工場の設立に至ったんです。昨年、滋賀県の一部、高島という地方だけで年間4千頭獲っていますが、そのうち食肉として流通したのが、約百頭だけで、それ以外は全部無駄になっているんです。
先ほども申しましたように、敢えて頭を狙わずに害獣駆除をすることで、職業猟師の手法が変わってきてるんですよね。
高橋)
なるほど。害獣駆除の対象と見るか、肉をいただく対象として獲るか、この姿勢が肉の食べ方にもそのままつながっていくわけですね。
伊藤)
ところで、松葉さんは鹿肉工場の責任者さんですが、僕はとても期待を寄せているんです。良い鹿を流通させるためには、自分が猟師になって鹿猟を理解しないと、という想いで、今年から鉄砲を持つことにしたんですよ。ですから、是非松原さんのノウハウをしっかり受け継いで、次代の猟師になってもらいたいんです。
松葉)
皆さんの前であんまりプレッシャーをかけないでください。(笑)
自分がどうやって獲ってくるかということを経験しないと、猟師さん達に「こういう風に獲ってきた方がいいよ」と、偉そうなこと言えないですよね。遅まきながら少しずつ学習していこうと思っています。
高橋)
こうして松原さんや松葉さんが獲ってくる肉の良さを、美味しい料理を通じて広めていくのが伊藤さん、となるわけで、生産者さんと我々消費者をつないでくれるのは料理人のみなさんなんですよね。
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その5)万葉の時を記憶する一皿
高橋)
先ほど川島さんは、素材に込める想いが料理に現れる、だから色んなことを考えながら生産に取り組まれる方、そういう身近な方の食材を使いたくなると話されていました。※1 本日お越しいただいた西川さんは、そうした生産者のお一人だと思いますので、ご紹介も含めてエピソードをお話しいただけますか。
川島)
僕は、料理を作る際に自然をテーマにするのですが、漠然と山や生き物をモチーフにするというよりは、具体的に、家族と行った海の思い出とか、西川さんが日頃作業される畑の景色や作業する姿を見て感じたことを、ビジュアルとして映し出そうと思うことが多いんです。
西川さんは、奈良の葛城という所で、無農薬の糖度の高い八朔やお米などを生産されています。農業をされる一方で、グラフィックデザインもされていますし、お宅にはドラムセットが置いてある。色んな感覚と視点を持っておられて、様々な良いもの、自然の良さとか、人が生きている姿の良さとか、いろいろ考えながら素材や物を作りこんでおられると思います。だから、彼が作る八朔を料理に使った時、とても面白い、意味合いのある料理が出来上がると僕は考えています。
高橋)
なるほど。西川さんご自身にも伺いたいですね。どういう想いで八朔や、緑米を手がけようと思われたのですか。
西川)
奈良県の當麻寺で有名な葛城市、葛城山の麓で八朔など作っています。去年から古代米の'
私は97年まで会社勤めをしていましたが、農業をしていた父親が高齢になり、2008年頃までは'忙しい時だけお手伝い'という感じで、デザインをやりながら農業をしていました。2008年からは農大で学びつつ、本格的に取り組んでいるところです。
父親が八朔をやっていた時代は、まだオレンジの貿易自由化がされてなくて、和歌山からトラックが買い取りに来られて、どんどん出荷していました。そんな大口の取引が、オレンジの自由化と共にパタリとなくなって小売になり、八朔の木に手がかけられなくなってしまったんです。手入れができないと草が生えて作業が大変になりますので、樹高を高くして、できるだけ日陰を作り、木の下に風を通して、草が生えないようにしました。木を5mぐらいにしたことで、地面は夏でも涼しいという環境ができました。農薬を使わなくなったのですが、樹高を高くして、風が通るようになったのがよかったのか、結構美味しい八朔ができて、なんとかなっているという感じです。
「みかんの花咲く丘」という童謡がありますが、あの歌に出てくる海の見える小高い丘で、船から煙が出て…という風景は奈良にはないなあと。もし、昔から奈良で蜜柑や八朔の栽培が盛んだったら、あの歌は違ったものになっていたかなあと、そんなことを思いながら取り組んでおります。話が横道にそれて、すいません。
川島)
西川さんはスタイルがすごく自然なんですね、話をしても本来の筋とずれることがあるんですけど、そのペース、感覚、想いで作業してらっしゃるんで、出来上がってくるものがとても優しいんですね。良い意味で、商品としてギラギラしていない。そこに人間性がきちんと出てらっしゃるのかなと思いますね。
高橋)
確かに、それはお話を伺ってて私も感じますね。
西川)
私は歴史が好きなので、八朔のことも調べてみました。すると八朔ではないですが、万葉集で大伴家持が柑橘類の橘を歌に詠んでいるんです。川島さんに最初に使ってもらったのは八朔の幼果でして、橘と同じで香りがすごく良いのです。万葉時代から愛されてきた柑橘類の香りをお皿の上で表現されるので、川島さんは万葉人みたいで面白い方だなあと思うことがあります。
高橋)
本日の料理「
※1 その1)自然体の料理 参照
※2 アコルドゥ:スペイン語で「記憶」 店名に関するエピソードはその1へ。
こちらもご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/ozen1_2006/e/856db7e570ea4f7e7eb361ddf455172a
今回でトークショーのご紹介は終了です。 お読みいただきましてありがとうございました。ご感想がありましたら、ぜひ「お問い合わせフォーム」からお寄せください。
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